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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)415号 判決

控訴人 下田ふみ子

右訴訟代理人弁護士 久保田久義

被控訴人 高見武

同 高見愛子

右両名訴訟代理人弁護士 那須六平

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の関係は、次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、被控訴人らと亡下田敏行間には昭和四一年頃から敏行死亡の昭和四三年二月頃までの間に、かなりの回数の金銭貸付が行われた様子で、甲第二号証の領収書と一年違いの昭和四一年四月一五日に別の債権につき、右領収書記載の一口と同額の金五万円の返済がなされている事が≪証拠省略≫記載から認められ、他方前記領収書の四二年とあるうち二の文字のうち上の一はインクの色が新しいし、しかも、この領収書は敏行死亡後に提出されており、更に右領収書記載の弁済がなされていない事実は被控訴人らも自認して領収書記載の五万円、四万円については供託しているのである。

二、仮りに被控訴人らの主張するように不執行の合意が本件二個の債務名義の双方についてなされたとしても、債務の免除や債権の放棄と解すべき特段の事情のない限り、不執行の真意は弁済の一時的猶予と解すべきである。

(被控訴代理人の陳述)

一、控訴人の主張一について。被控訴人らは従来より亡下田敏行から被控訴人らが借り受けた金員については借用証書が作成されていたが無証書によるものもあった、無証書によるものは≪証拠省略≫記載の各債権で、その分は既に支払済みである。

(証拠の関係)≪省略≫

理由

当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を参酌しても、なお、被控訴人らの本訴請求は正当であると判断する。その理由は左記のとおり訂正、附加するほか原判決理由記載と同一であるから、ここに、これを引用する。

(一)、原判決四枚目裏二行目から八行目までを「亡下田敏行名下の印影が同人の印章によって顕出されたことは当事者間に争がないので同人の意思にもとづき真正に作成されたものと推定される甲第二号証と原告高見愛子本人尋問の結果によれば、昭和四二年四月一五日原告愛子は亡敏行から、それまで二回にわたって支払った合計金九万円の領収書を受領した事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。」と、同九行目に「しかし」とあるを「しかして」と、更に原判決五枚目表二行目から三行目にかけて「原告愛子が敏行に対し昭和四二年四月一五日に金九万円を支払ったこと、」とあるを「原告愛子が敏行に対し昭和四二年四月一五日までに二回にわたり合計金九万円を支払ったこと、」と、それぞれ訂正する。

(二)、控訴人は甲第二号証(領収証)の弁済について縷々主張するので、まず、この点から検討する。

(イ)  同号証は同女が昭和四五年四月一五日に、それまで二回にわたって支払った合計金九万円領収の旨を一通の領収証に作成して貰ったことは既に認定したとおりである。しかして同号証には金九万円の内訳として、

「但 四十一年十一月借入金元金(S41年)

十二月返済分(四万円也)

四月 〃 (五万円也)」

の記載があるが、同号証の記載全体からして控訴人の主張するように日付欄の「昭和四十二年」の文字のうち二の上の一が特にインクの色が新しく、改ざんされたものとは受取れないし、仮りに一をあとから書き加えて「昭和四十二年」としたと仮定すれば昭和四一年四月一五日に同年一一月の借入元金を返済したことになって文書自体が意味をなさなくなる。

(ロ)  ≪証拠省略≫の末尾に、控訴人主張の如く「41年4月15日、元金五万円返済、利息のみ残り」の記載はあるが、これと前記甲第二号証とは記載の体裁、文面からして全く関係がないとしか云いようがない。また甲第二号証が敏行死亡後に提出されたとする控訴人の不審も敢えて異とするに足りない。もともと本訴は亡敏行が後記の如き不執行の約定に反して執行に及んだことに端を発した請求異議事件でその不動産強制競売開始決定が被控訴人高見武に送達されたのが昭和四二年一一月一五日であり(この点争がない)、被控訴人らは昭和四三年二月二四日の本訴提起に先立ち金二三万円余を同月一四日供託しているし(この点も争がない)、他方同月二五日には亡敏行が死亡していることが明らかであるから甲第二号証が同人死亡後に提出されたのは事柄の推移にてらし当然のことである。

(ハ)  ≪証拠省略≫によれば、被控訴人愛子は昭和四一年一一月一日金五万円、同月五日金四万円を借用した事実が認められ、同女が右金員を弁済供託した事実は冒頭引用したように当事者間に争がないから、これらと前記甲第二号証の記載とを対比すると同女は一旦弁済した前記金員を更に弁済供託したことになって控訴人の主張するように、弁済したものを供託する筈はないから、さきの弁済自体なされていない筈であるという疑問もその限りでは是認できないわけではない。しかしながら冒頭引用した当事者間に争のない事実のうち本件各債務名義の内容と弁済供託の事実に、≪証拠省略≫を総合すると、

亡敏行は生前小口の金融業を営み、昭和四〇年半頃から当時保険の外交をしていた被控訴人愛子との間に五〇〇〇円から五、六万円位におよぶ小口金融を頻繁に行うようになって互に往来がしげくなり、亡敏行は人吉市に出た折など酒に酔って被控訴人ら宅に泊り込む位に親密になったこと、その取引状況は被控訴人らが必要の都度月に二回でも三回でも用立てるというもので、借用証もとったり、とらなかったり、返済しても領収書を渡したり、領収の旨をメモしたり、借用証を破棄しておくからという位で済ましたりの甚だルーズなものであったこと、それでも貸主の亡敏行の方は貸付の詳細を一応便箋にメモしていたが、被控訴人ら、特に愛子が中心になるが被控訴人らの方では何分にも回数が多く殆どその詳細は記憶しない有様であったから、改めてその清算となると一方的に敏行の云い分に従わざるを得なくなり、亡敏行の生前、日時はわからないが、無証書分として本件債務名義中人吉簡易裁判所昭和四二年(ロ)第一三九号事件の仮執行宣言付支払命令のうち(一)ないし(六)に相当する借用分を請求され、これについて相違ない旨承認し、供託するに際しては甲第二号証の弁済を右の分と考えて清冨司法書士に相談し、これを除外して供託したこと、他方控訴人は前記冨田義輝の実子で亡敏行の養女に当るところから本訴を承継したが、実質上の当事者と目してよい右義輝の云い分は前記(一)ないし(六)は未払であると亡敏行から聞いていたと云うに過ぎないし、前記請求分を被控訴人愛子が承認した時点で右金額は金八万七六五五円であったこと、

が避められ、他に右認定を左右する確たる証拠はない。

以上認定したような取引の実状からすれば甲第二号証の弁済の充当関係を被控訴人愛子が誤解したのも無理からぬところがあり、供託の故をもって甲第二号証の弁済が架空のものであるとするのは行き過ぎといわねばならない。

(三)  次に、不執行の合意について判断する。

(イ)  ところで前記人吉簡易裁判所昭和四二年(ロ)第一三九号事件の仮執行宣言付支払命令に対し、被控訴人らが同年五月二三日異議申立をなし、同月三一日これを取下げたことは冒頭引用したように当事者間に争のない事実であるが、この事実に≪証拠省略≫をあわせると、被控訴人らの異議申立に対して亡敏行は被控訴人愛子に支払命令は単に債権確認の趣旨で競売や強制執行はしないから異議を取下げて欲しいと申入れたので被控訴人愛子は前記清冨司法書士と相談し無条件で異議申立を取下たものであることが認められる。

(ロ)  不執行の合意には、確かに控訴人の云うとおり執行の一時的延期ないし履行の猶予の趣旨と解すべき場合と強制執行権の放棄と解すべき場合のあることを否定するものではないが、本件の場合には前記認定したところ以上に亡敏行においてそれが一時的執行の延期ないし債務の履行の猶予と解すべき条件を付してはおらず、被控訴人愛子はこれに安心して折角の異議申立を無条件で取下げているのであるから、この場合の不執行の合意は強制執行権の放棄と解する以外にない。さきに認定した亡敏行と被控訴人らとの交際や甲第二号証弁済の事実なども被控訴人愛子において亡敏行の提案を信ずるについて力があったものと解し得る。これを要するに本件における不執行の合意が一時的な執行の延期ないしは債務履行の猶予と解すべき特段の事情は見当らない。

(四)  以上の次第で控訴人の主張はすべて採用できない。

よって右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に則りこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤秀 裁判官 麻上正信 條原曜彦)

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